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帰宅後の診察から手術へ

2月9日土曜日、大雪の京都加茂での転倒骨折で現地の病院で応急処置をしてもらい、帰宅してから三日後の火曜日に自宅近所の病院に持ち帰ったX線写真を手に診察に行きました。
その間ずっと痛み止めの飲み薬を服用していました。

X線写真を診て「完全に手首を骨折してますね、素晴らしい応急処置がなされていますよ」と先生。
「どうしましょうか、一つはギプスを2・3ヶ月したまま自然治癒を待つか、もう一つは手術してその翌日からリハビリをするか」と選択肢を示されました。
「2・3ヶ月ギプスをしたままの生活、そしてギプスを取ってからのリハビリ、手術の場合直ぐにリハビリにかかれるしまた風呂なんかも直ぐに入れますが」・・と暗に手術を勧められているような。
手術は骨折した手首3箇所に穴を開けてチタンを挿入しネジで固定するというもの。
手術当日の朝入院して、直ぐに全身麻酔で手術を受け午後には病室に帰り、一泊して翌日午前中に退院するというものです。

6月8日には所属しているマンドリンクラブの定見演奏会が予定されており、骨折からの復帰ステージとしてそれに出演したいという強い要望から迷うまでもなく手術を選択したのです。

外来で行った火曜日の週の二日後の木曜日に入院即手術と決まりました。
全身麻酔の気持ち悪さはありましたが、無事に1時間くらいの手術は終わりました。
翌朝診察を受けて帰宅したのですが、先生は「兎に角手首をどんどん動かしてください、思い切り手の平を拡げて伸ばしたり、またギターなんかもどんどん弾くようにしてもらってもいいですよ」とのことでした。

手首の中にどんな金属が埋められているかというと、少し生々しい写真ですが診察時に先生の許可をもらってデジカメで記念にX線写真を撮影してきました。
約7Cmくらいの長さのチタンにネジが5本で留められています。
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そうは言われてもギターを弾くには左の手首の曲げに困難さが伴い容易には弾けるものではありませんでした。
ところがマンドリンだとネックが細い分弾くことが出来るのです。
ひょんなことからマンドリンに目覚めることになったのです。
自前のマンドリンを手に入れマンドリンの勉強に励むようになっていきました。
単体の楽器としては余り好きではなかったマンドリンが今では愛おしくさえ感じるようになってしまいました。
スズキの初心者用のマンドリンから、石川マンドリン、落合マンドリン、最終的にはオールドのジョアッキーノ・ガレッシというルシアーが作った年代物の楽器まで揃うことになってしまいました。
4月の中旬まではそんなことをしながらそれでもギターも徐々に弾けるようになっていきました。

現在梅雨の時期・・・やっぱり手首に痛みを抱えています。
しかしながら目標としていた大阪マンドリン・ソサエティの定期演奏会を復帰ステージとして飾ることもできたし、今までと同じような余暇活動の忙しさを満喫しています。

これも本当に多くの方々の助けを得てここまで来ることが出来たのであって感謝の念を禁じ得ません。

この項、完。
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by sammy1947 | 2008-06-26 14:07 | ツレヅレ | Comments(0)  

もう少し続きです

病院の待合室から外を見るとまだ雪は本格的に降り続いています。

手首を引っ張り合って元の状態へ少しでも近付ける荒療治。
痛み止めの注射の効力は抜群です。
全く痛みは無く指を握ったり開いたりも骨折前のように出来るのが不思議でした。

荒療治に掛かる前に、ギプスをはめることになるので厚手の長袖Tシャツは脱いでおいた方がいい(帰宅してTシャツが脱げなくなるから)と言われ看護婦さんに脱がしてもらいました。

再び撮ったX線写真を先生に見せてもらいながら説明を受けました。
「今日の段階ではほぼ骨の位置も元の状態に戻っています。神戸に帰ってから出来るだけ早く整形外科に診察に行ってください。」
「X線写真も持ち帰ってもらって新しい先生に診てもらってください、そこでの診察後に当病院へ返却してください。」
そしてギプス装着です。
肘の上部から手の平までギプスを装着してもらいました。
初めてのギプスなのですが、びっくりしました。
柔らかい厚めの布様のもので装着するサイズを測り、それからその布の端を切り開き、そこへ水を注入するのです。
その布を少し揉んで、腕の形を決めてから、その布を腕全体に添えるのです。
昔のギプス(石膏状の)しか知らない者にとっては不思議なものを見るような治療でした。
骨折した人がしているような三角巾を首から吊るして応急処置はやっと済みました。

付き添ってもらっている友人の姪っ子さんにはその後も不自由な左手のため、会計窓口での支払い時の補助とか、持ち帰るX線写真入れの手提げ袋を用意してもらったり、脱いだTシャツを畳んでもらったり、お世話いただきました。

会計が済んだのは転倒してから約5時間が経っていました。
外ではまだ深々と雪が舞っています。
なんとか応急処置も済みホッとしました。

姪っ子さんのご主人の運転で最寄の駅(駅名は忘れてしまいました)に送ってもらい、切符を買ってもらい、改札口でお礼を言って帰路に着きました。
いくらお礼を言っても足りないくらいのお世話を色々な方々にいただきました。

ホームでは電車も遅れておりかなりの待ち時間がありました。
厚手の長袖Tシャツは脱いでしまっているし、ジャンパーも三角巾のため羽織っているだけ、じわりじわりと今度は底冷えが襲ってきます。
本当に震えが始まってきました。
遅れて到着した電車に乗れてやっと一息つけました。
その電車が京橋駅手前(この辺りでは大雪も止んでいました)で運転中止でまたホームで次の電車待ち・・また寒さとの戦い、その上痛み止め注射の効力が切れ始めてきました。
左手全体がズキンズキンと脈打つような痛みまで始まってきました。
そんなことに我慢に我慢をして六甲道駅に辿り着いた次第です。
駅からタクシーで我が家に辿り着けて、安堵感からか何だか力が抜けていったようです。

その日は土曜日、帰宅してからの病院での診察は三日後の火曜日になりました。
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by Sammy1947 | 2008-06-24 06:06 | ツレヅレ | Comments(0)  

続いてます

待合ロビーで結構待ってやっと名前を呼ばれました。
診察室に入って先生に経緯を説明し「骨折していると思います」と告げました。
「兎に角X線を撮りましょう」と、X線室に回されました。
X線室の前で順番を待っていると、見たことのない女性が名前を呼びながらボクを探し回っていました。
「○○ですが・・」とその女性に声を掛けると、びっくりしました。

実はコンサート会場の自治会館に名古屋からマンドリンクラブ同期の友人が演奏を聴きに来てくれていたのです。
そしてたまたまその友人の姪っ子さんが診察を受けている病院の向かいのマンションに住まわれていたのです。
友人から姪っ子さんに「仲間が骨折して○○病院に今居るから、彼の気分が悪いようだとマンションに連れ帰って休ませてやってくれ」との連絡がいっていたのです。

全く土地感覚の解らない病院に自治会の役員さん、そしてその女性、とお世話になりながらお蔭で心細さから開放されていきました。
役員さんに、「付き添いの女性が来てもらえたので、ここまでお世話になりありがとうございました、もう会館の方にお帰りください」とお礼を述べて会場へ向かっていただきました。

X線を撮って、再び診察です。
「完全に手首の骨折ですね。神戸に帰って病院に行くまでの応急措置をしておきましょう」ということになりました。
手首の骨がやや散らばってしまっているのを、肘と手首を引っ張って出来るだけ元の状態に戻しておこうというのです。
先ず痛み止めの注射を手首に打ちました。
これが何とまた強烈に痛いのです。
しかし薬が入っていくと数秒の内に全く痛みは感じなくなりました。
そこから荒療治になります。
二人の方が肩側で腕を持ち、もう一方では手の平を一人の先生が握り、思いっきり引っ張り合いをして患部を延ばすのです。
見てるとスゴイのですが注射のお蔭で全く痛みは感じません。
何回か引っ張った後、もう一度X線撮影です。

もう少し続きます。
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by sammy1947 | 2008-06-21 10:45 | ツレヅレ | Comments(0)  

まだ続きます

市民病院の受付窓口に到着しました。

「ああこれで応急処置をしてもらえる」と安堵の気持ちがありました。
受付の方に尋ねてみると、「今日は整形外科の先生は担当日ではないので居ない」と言われてしまいました。
そんな言葉を聞くと、余計に痛みが増してくるような・・・。

付き添ってくれている役員さんが「それなら他の病院を紹介してもらえませんか」と言ってくれました。
2・3の病院とその電話番号を教えてもらいました。
その中の病院の一つに整形の先生がまだ診察をしているので直ぐに来てもらえれば診察しますと返事をもらえた病院がありました。
「どれくらいで来られますか?」と先方の病院。
「15分くらいで着くと思います」と付き添ってくれている役員さん。
「直ぐ行きましょう」とまた駐車場まで注意深く歩き、車で向かいました。

15分どころかまだあちらこちらでの渋滞気味の道路で到着するまで40分ほど掛かってしまいました。
初めての地なので、それでなくとも方向音痴のボクはもうどこをどう向かって走行しているのやらさっぱり解りません。
これが一人ぼっちならばどれだけ心細いことか・・と思っていました。

受付で初診の手続きをして診察を待つことになりました。
時間を見れば、「コンサート」も第一部が終わり第二部がもう直ぐ開演されそうな時間です。
ここで付き添ってくれた役員さんに「あとは診察を受けるだけですからそれも終われば帰途に着きます、ですからコンサートの第二部には間に合いそうなのでどうぞ会場にお帰りください」と伝えました。
ボクの方は診察後に会場に帰る気力はもう失せていました。
しかし役員さんは最後まで見届けるからと病院に残ってもらうことになりました。
なんと感謝すればいいのやら・・・。

土曜日の午後の診察でもその病院は混み合っており中々診察の番が回ってきませんでした。
次々と名前が呼ばれるのですがボクの名は呼ばれません。
ひどい痛みも全然治まりません。

次へ続きます。
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by sammy1947 | 2008-06-19 09:23 | ツレヅレ | Comments(0)  

続きです

左手首の痛みは強まるばかりです。

コンサートの主催側の役員さんのお一人が車で近くの外科医院まで連れて行ってくれることになりました。
もちろんスタッドレスタイヤを履いた車です。

先ず近くの一軒目、町医者の医院を訪れてくれました。
満が悪いことにその日は土曜日で診療時間は正午まで。
昼食時の怪我なので正午は既に過ぎてしまっています。
それでも自宅兼医院なのでひょっとしたら先生が出てきてくれるかと何度も呼び鈴を押してくれました。
こちらは車の中で痛みをこらえています、ズキズキと猛烈な痛みが来たかと思うと一瞬その痛みが引いたりの繰り返しです。
手首から先はパンパンに腫れてきてました。
「あきません、出てきてくれませんワ、次の市民病院へ行きましょう!」

加茂駅周辺はそんなに大きな街でもないのですが、車などの状況をみていると市民生活は大雪の為にかなり混乱している様子が窺えました。
あちらこちらで普通のタイヤを履いた車が停まってしまっているし、救急車やパトカーが走り回っていました。
町医者から市民病院まで普通なら数分で行ける距離も思うように進めません。

「痛みは大丈夫ですか?」と役員さんも運転しながら気遣ってくれます。
20分近く掛けてやっと病院に到着しました。
病院の駐車場も雪が相当積もってきていました。
駐車場から玄関まで十数メートルの積雪の中を歩きます。
また転倒すると大変なことになるから歩くのにもずいぶん注意を払いました。

やっと玄関を入って受付窓口に着きました。

この間もずーっと雪は深々と降り続いています。

今はもう夏を迎えようとしているのに、たった4ヶ月余り前の真冬の出来事です。

・・・次に続きます。
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by Sammy1947 | 2008-06-16 21:10 | ツレヅレ | Comments(0)  

前記事からの続き

大雪が舞っている中、時刻表通り加茂駅まで辿り着いたのはいいのですが、普通ならバスに乗り換え数分で演奏会場に着くはずがそのバスが雪のため中々来ません。
バスもチェーン装備に大わらわだったようです。
底冷えの中バスの到着を待ちました。

やっとチェーンを着けたバスが着き、メンバーは乗車いたしました。
なだらかな坂道を上がっていくのですが、その坂道でチェーンを着けずに立ち往生している乗用車があちらこちらに停まったまま。
坂道の信号で早くも渋滞気味です。
救急車やパトカーも走り回っています。
13年ぶりの大雪に当地域も大きな戸惑いを隠せない状況でした。

何とか会場に着きましたが、30分以上のロスタイムが出てしまいました。
本来なら直ぐに昼食を摂って、リハーサルをして丁度開演時間に間に合うようなスケジュールに30分のロスタイムはイタイことこの上ありません。

コントラバスと皆の譜面台を積んで神戸を出発したメンバーの車は生駒あたりで通行止めになり、最終的には会場まで来ることが出来ませんでした。

列車で来たメンバーは大急ぎで会場の向かいのスーパーに弁当の調達に出掛けました。
ここで二つ目のアクシデントが発生しました。
弁当を買って店を出たまではよかったのですが、もう少しで会場というところでボクは雪に足を取られ大きく転倒してしまいました。
こんなことは初めてです。
全くバランスが取れなかったです。
ドーンっと尻餅をついたと同時に肥満体の全体重を左手1本で受けてしまったのです。
手の平が逆向きになっていました。
耐えられない痛さを感じ、みるみる手首から先が腫れていきました。
「しまった!」とその腫れていく左手でギターのセーハの型を取ってみましたが言うことを利いてくれません。
本番数十分前です、「アカン今日は本番無理や、骨折や」、諦めざるを得ませんでした。

先輩が助けに来てくれ転倒した場所から会場のロビーまで連れて行ってくれました。
痛さで最早貧血状態になっていました。

続きは次回掲載いたします。
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by sammy1947 | 2008-06-10 14:49 | ツレヅレ | Comments(0)  

久々の更新です

KGMC90周年記念事業レポートとしてこのブログを利用し始め、この期間これらに関する記事オンリーでした。
90周年関係が全て終ってからも、このブログに元のフリーな記事掲載に戻ることがずいぶん躊躇われました。
そんなことを思いながら90周年最終記事から5ヶ月が経ちました。

ぼちぼちそんな思いからも開放されまた折りに触れ記していこうかと復活いたします。
これまでのようによろしくお願いいたします。

感動的な記念コンサート事業が終ってからこの5ヶ月間色々なことがありました。
先生の墓参をが1月に終え、翌2月には私たちの仲間で組んでいるマンドリン・アンサンブルで京都の南加茂へ訪問演奏にまいりました。
忘れもしない2月9日でした。
この日は冬一番の冷え込みで神戸でも雪が舞っていました。
JR大阪駅で大和路快速に乗車する為に早目に自宅を出発しました。
仲間数人と時間通りに大阪駅を離れました。
約1時間あまり車中に居ます。
どんどん加茂駅に近付くに連れ辺り一面の風景は雪に覆われていきました。
雪国方面へ旅行でもしているような気分になって、久し振りの銀世界に嬉しくなってきていました。

時刻表通り列車は加茂駅に到着しました。
もう寒くて寒くて・・・。
そこからバスに乗り換え目的の訪問演奏会場の自治会館を目指します。
銀世界は素晴らしいのですが、このあたりから雪の障害が出て来始めました。
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後で聞いた話によると、この地域でも13年振りくらいの大雪の日に当たってしまったのです。

続きは次回の掲載で・・・。
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by Sammy1947 | 2008-06-09 17:10 | ツレヅレ | Comments(0)